福島市大平地区へゆく。
大笹生のMさんの軽トラに乗る。
「乗用車じゃだめですか」
「トラックの方がいい」
舗装はされているが対向車が来るとすれ違うことができない。
「この道は昔はなかった。下の沢を歩くしかなかった。」
「でも大平集落の人の交通手段は・・・・」
「鉄道がある。赤岩駅がある」
「学校はどうしたの」
「その赤岩駅から福島に通った」
「酪農が生活の糧だったので、こどもたちが牛乳を駅まで
急な道を運んだ」
数十分山道を走ると、
木々の間から空が広がる。
平地だ。
戦後の開拓集落だ。
家々は、その当時のつくりの家だ。
しかし、暮らしの営みがあるのは二三軒。
朽ち果てた家々が点在する。
小学校跡地。
そこには何もなかった。
敷地のまわりはいまや森になっている。
ここに子供たちの歓声があったのだろうか・・・・
戦後生きる場を求めてきたこの地。
荒れ果てた農地にどれほどの汗と涙がこぼれたのだろうか・・・・
だが、その汗も涙も明日にはつながらなかった。
これほど「惨い」ものはない。